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大阪高等裁判所 平成元年(ネ)173号 判決

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の主位的請求を棄却する。

三  控訴人は、被控訴人に対し、金八二万四五〇〇円及びこれに対する昭和五八年二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

四  被控訴人のその余の予備的請求を棄却する。

五  訴訟費用は第一、二審を通じこれを四分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  申立て

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の主位的・予備的請求はいずれもこれを棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  (予備的請求)

(一) 控訴人は、被控訴人に対し、金一〇七万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五八年二月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 仮執行宣言。

3  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する(ただし、原判決二枚目裏二行目の「被告に対し、」の次に「金銭消費貸借契約に基づき、」を加える。)。

一  被控訴人が当審において追加した予備的主張

1  控訴人は、被控訴人に対して、名越に無断で同女の健康保険証を呈示し、自ら名越と称して金員の借入を申し込んだため、被控訴人は、控訴人を名越と誤信して、本件貸付に応じたものであって、右は控訴人の故意又は過失による不法行為であるから、控訴人は被控訴人の被った損害を賠償する義務がある。したがって、被控訴人は控訴人に対して、予備的に不法行為に基づき、貸し渡した一三〇万円から、昭和五八年五月二八日と昭和六三年五月一〇日に支払を受けた一七万五〇〇〇円と五万円を控除した一〇七万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五八年二月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被控訴人は伊田美津枝から、本件債務につき、平成元年七月七日、同年八月九日、同年九月一二日、同年一〇月五日、同年一一月一七日にそれぞれ五万円の弁済を受けた。

3  伊田美津枝が、被控訴人に対して弁済をするときには、伊田美津枝は充当すべき債務を指定しており、後記二の控訴人の認否及び反論2(二)で控訴人が主張している弁済の内、昭和六三年五月一〇日の五万円だけが本件債務に充当するよう指定され、その他の弁済は本件債務以外の債務に充当するように指定されていた。

4  後記二の控訴人の認否及び反論4の主張は争う。

二  右主張に対する控訴人の認否及び反論

1  被控訴人の当審における主張1の事実は否認する。

2(一)  伊田美津枝は、本件と同様の手口で今西愛子に丸山智比美名義で被控訴人から借入をさせ、また自ら長野美智子の保険証を使用して同女名義で被控訴人から借入をしているため、被控訴人に対して合計三口の債務を負担している。

(二)  そして伊田美津枝は、被控訴人に対して、昭和六三年五月一〇日に一五万円、同年一二月から平成元年六月までの間に合計一八万円を弁済しているところ、右弁済は本件債務に先に充当されるべきである。

3  被控訴人の当審における主張2の事実は認める。

4  仮に控訴人が不法行為責任を負うとしても、被控訴人は、前記2(一)の安易な貸付が示すように、十分な本人の確認や信用調査をしていないので、被控訴人にも重大な過失があり、過失相殺がなされるべきである。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  主位的請求について

1  昭和五八年二月二六日に、控訴人が名越の氏名を言って、被控訴人から一三〇万円を受領したことは、当事者間に争いがない。右争いのない事実、〈証拠〉によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 被控訴人は、サラリーマン金融を業とする会社であるが、銀行員である長野美智子名義で同女に無断で被控訴人から約一〇〇万円を借り入れ費消していた伊田美津枝(当時は太陽神戸銀行員)から、昭和五八年二月二六日の数日前に、後輩に金員を貸してくれないかとの電話があった。

(2) 当時家事手伝いをしていた控訴人は、高校の同級生であった伊田美津枝から、昭和五八年二月二六日に呼び出され、同女から、同女の高校の後輩で同女と同じく当時太陽神戸銀行員であった名越の家が金に困って破滅しそうであり、名越は金の工面で走り回っていて時間がないので、名越の頼みで、名越の代わりに被控訴人事務所にお金を取りに行ってきて助けてやってほしいと依頼され、名越の太陽神戸銀行の保険証と印鑑及び名越の住所、生年月日、勤務先、自宅の電話番号を記載したメモを渡された。伊田美津枝は被控訴人から貸金名下に金員を騙し取ろうとして、控訴人に対して右の虚偽の話をしたのであるが、控訴人はこれを真実と信じ込み、右依頼を承諾した。

(3) 被控訴人事務所に行く途中で、伊田美津枝が被控訴人方に電話し、後輩の太陽神戸銀行員の名越に一三〇万円を貸してやってくれと申し込み、控訴人も伊田美津枝から言われるままに電話で名越だがこれから行くと述べた。被控訴人は、直ちに情報センターで名越の債務状況を調査し、名越には貸与可能と判断して待機した。

(4) やがて、控訴人が一人で被控訴人事務所を名越と名乗って訪れ、先程交付を受けていた名越の保険証を渡し、一三〇万円の貸付金額を確認された後、金銭消費貸借契約書等に伊田美津枝から渡されたメモに書かれていたとおりに名越の住所、氏名、生年月日などを記載して、預かっていた名越の印鑑を押印し、被控訴人から一三〇万円を受け取り、これを近くの喫茶店で待っていた伊田美津枝に手渡した。伊田美津枝は右金員を自己の使途に費消した。

(5) 控訴人は、伊田美津枝に言われるままに、真実名越の授権を受けているものと信じ込み、名越に代わり、名越のために、名越の名義を使用して、被控訴人から金員を受領したもので、自ら金銭消費貸借契約の当事者となる意思は全く有していなかった。

被控訴人は、借主の弁済能力に重大な関心を払っており、本件においては、名越が、太陽神戸銀行員であり、かつ、情報センターの調査でも名越の債務状況が良好であったから、名越に金員を貸し付けることにしたのであって、銀行員でもない控訴人や債務を負っている伊田美津枝に貸し付ける意図は全くなかった。

2  前記認定事実によれば、本件金銭消費貸借契約は外観上も被控訴人と名越との間に締結されているのみならず、控訴人は、契約当事者となる意思は全く有していなかったと認められるのであるから、控訴人は名越の使者又は名越の名をもってする代理人として行為したに過ぎないものと解するのが相当であり、他方、被控訴人も、控訴人との間で契約を締結する意図は全くなかった。したがって、控訴人と被控訴人の間に金銭消費貸借契約が締結されたと解することはできないので、これを前提とする被控訴人の主位的請求は失当である。

二  予備的請求について

1  前記一1の認定事実に照らして考えると、伊田美津枝が自ら名越の使者・代理人とならず、また控訴人に名越と名乗ることを要請するなど、伊田美津枝の行為には不自然かつ疑わしい点が多々あったのであるから、被控訴人から金員を受領する控訴人としては、伊田美津枝の依頼を拒否するか又は事実関係をよく確認するなどして、被控訴人に損害を及ぼさないように注意する義務があったにもかかわらず、これを怠り漫然と名越と名乗って被控訴人から金員を受領して、過失により伊田美津枝の騙取行為に加担し、もって被控訴人に損害を被らせたのであるから、これによって被控訴人が受けた一三〇万円の損害を賠償する義務がある。

2  〈証拠〉によれば、伊田美津枝は、被控訴人に対して、昭和六三年五月一〇日に一五万円、同年一二月から平成元年六月までの間に合計一八万円を弁済していることが認められるが、他方、〈証拠〉によれば、控訴人の認否及び反論2(一)(伊田美津枝の三口の債務の存在)、被控訴人の当審における主張3(弁済充当の指定)の各事実が認められるので、右弁済の内昭和六三年五月一〇日の五万円だけが本件債務に弁済充当されたと認められる。被控訴人の当審における主張2(平成元年七月七日から同年一一月一七日までの間合計二五万円弁済)の事実は、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、昭和五八年五月二八日に一七万五五〇〇円の弁済がなされたことが認められる。したがって、本件債務につき、合計四七万五五〇〇円が弁済されたことになるので、残存債務は八二万四五〇〇円となる。

3  控訴人は過失相殺を主張し、前記のように控訴人の認否及び反論2(一)(伊田美津枝の三口の債務の存在)の事実は認められるけれども、被控訴人は、借主の身分を保険証、情報センターからの回答等によって確認した上で貸し付けているので、他に控訴人の権限を疑わせる何らかの具体的な事情が存すれば格別、そうでない以上、過失相殺の対象となりうるような注意義務違反が存するとまでは認められない。

三  結論

以上のとおり、被控訴人の控訴人に対する本訴請求中主位的請求については理由がないので棄却すべきところ、これを認容した原判決は失当であるからこれを取り消した上被控訴人の請求を棄却することとし、予備的請求については金八二万四五〇〇円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五八年二月二七日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 舟本信光 裁判官 井上 清 裁判官 坂本倫城)

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